企業内組合の役割

 先日14日 厚労省が発表した「労使コミュニケーション調査」において、「労組は必要だと思う」という社員の割合が下がっているという調査結果が公表された。
http://bit.ly/dAkV47
http://bit.ly/d05vK5

 そもそも日本は、「企業内労働組合」というユニークな形態をとっている、戦後の復興の中で経営者も労働者(ちなみにこの言葉あまり好きではない)も一体化して産業の復興に努めようとした意図が感じられるのだが、実際にはそうではなく、むしろ戦後まもなく労働者側から自然発生的に、企業別の労組の組織化の要望が出てきたらしい。

 このあたりについては、専門家にお譲りするとしても、どうやら(企業内)労働組合という組織自体が老朽化しつつあることは否めない。事実、デフレ経済で企業や産業が停滞する中では賃金を上げられにくい経済状況であることは、もはや誰でも容易に理解できる。主な政策を賃金の上昇から雇用確保へと舵を切っても、契約社員やパートは無関係では、主張の腰も折られよう。

 そんな行き場のない「企業内労働組合」であるが、労働基準法労働組合法等で法制化されている役割もあり、全く存在意義を欠いているわけではない。だが、上記の調査により、不要扱いされつつあるのは果たして時代の流れなのであろうか?
 
 自分自身も過去に支部の執行部を数年務めたこともあり、その後真逆の経営企画部門という立場で数年が経つが、実は『企業内労働組合』には組合に参画する当時より一貫した想いを持っている。
 
 それは、企業内労働組合は、「組織・人事施策に対する内部監査機関」としての存在意義である。
 
 先の調査でも、処遇や日常の労働環境への不満、人間関係、各種ハラスメント等で不満が大きくなっている。他方、直接的な制度に関しての不満は、(あきらめもあるのか?)減ってきている。つまり、働く人々は、○○制度が悪い!と言うこともできず、なんとなく「見えない空気」に苦しめられているように思えてくる。
 人事や組織に関する施策は、実は働く人のモチベーションや組織の生産性に大きな打撃を与えるが、それは必ずしも直接的ではなく、間接的な場合の方がむしろ大きい。そうなれば、直接の施策を行った人事部門は、施策に関する影響を適切に捉えることが出来ず、自らが行った施策の正当性を信じると言う組織的なバイアスもかかるため、問題に手を打つどころか問題自体が見えなくなり、たとえ見えても問題をすり替えたり伏せたりするようにさえなってしまう。
 こうなってしまうと、もはや自浄作用が働かなくなってしまうのである(こういう人事部は意外に多いと思う)。

 人はまじめにやっていてもミスをするものであるし、パースペクティブ(ものの見方)も違う。そのため組織の目的を勘違いしたり、正しい施策でさえも意図せざる結果を生むことが少なくない。

 実はそのため、監査という行為が必要になる。
 法的な根拠に基づく客観的な第三者介入での外部監査もあるが、むしろ上記のような組織内での人に関する問題の場合には、こんがらがった原因を直観的に理解し様々な人の立場に立ち目的を共通化することが可能な内部監査の必要性が高い。

 ところが、経営企画部門同様、人事部門も企業によっては内部監査の対象から外れることが多い。経営者が人事に関してもかなりのパワーを持っていることが多いからである。MicrosoftGoogle等、西海岸の自由な気風を重視するため、人事部門が積極的に組織の内部監査を行うコンセプチュアルな企業はまだ少ない。
 
 経営が本当に「人」で成り立っていると思うなら、会社が掲げる組織や人事的な目的や目標、政策について、社員側がどう捉えどのように反応しているのかを、当事者に一番近くにいながら、それを少し客観視できる組織が必要になる。
 
 それが、自分の考える、「組織・人事施策に対する内部監査機関」である。
 
 これは今の企業内労働組合のスタンスともあっていると考えている。企業がなくなれば自動的に解散となる組織は、企業の発展や存続を当然重視する。一方では経営の執行という部分とは一線を引き、社内で独立した形で、しかもそこに存在する社員の多くの意見を見聞きすることで、経営に媚びずにあくまで「内部監査」として具申することができる。
 また、監査は「監査の目的」とその後の「予備調査」が重要であるが、これも、“内部にいる客観的な存在”こそが、よりその精度を高めることが出来る。

 例えば、本来は人事部門の役割でもある、社内メンター制度等についても、コストや負担が大きいようであれば、社員の代表者としての組合が相互支援と言う形で行うのも良い。その個々に起こっていることをヒアリングすることは、監査の定石である「予備調査」さながらであり、メンターや相談室などを設けていくことは、社員のためだけでなく、内部監査機関としての監査の質を上げる行為にも繋がる。
 また、派遣や契約社員の雇用についても、人事施策の内部監査であれば、おかしな点などがあれば遠慮なく経営に具申することが出来る。

 つまり、労働組合は「(労働者の)利益代表」ではなく、「人や組織の内部監査機関」と自らの存在を再定義することで、その存在意義が明確になる筈である。

 日本の企業内労働組合と言う制度は、実はこの組合問題で進んでいるとされるドイツ等でも研究の対象とされ取り入れようとする動きも多いと聞く。

 企業内の労働組合は、自身の中途半端な主張を繰り返す前に、自分達は何者なのか、その立ち位置の定義から始める必要があるのではいだろうかと考えている。