Be Casual

 少し前の話だが、Googleの方とお話しする機会を得た。
私は、『経営の未来』(ゲイリーハメル著)やその他書籍(主に組織風土やイノベーション関連)によく出てくる同社のファンである。このときも、また以前別の方に以前お会いしたときも、「(御社の社風とかルールとか)本当に本に書いてあるとおりなんですか?」と聞いてしまった(苦笑)。勿論いつも、「ええ、本に書いてあるとおりですよ」と言われるから、やはりGoogleって凄い。
 
 フランクに話せる場だったため、いろいろとお話ができた。その方が同社に入社して言われたことでとても印象的だったのが、「なぜ、チャットを使わないの?」だったらしい。
 通常、公式の会議やミーティングを行う際には、メールを流して事前に会議の旨を了解を取り、その上で日程の候補日をいくつか出したりする。特に初めて会う人や肩書きの付いている人等、社内であっても気を使うものである。自慢じゃないが私の勤める企業内でも、しきたりと手続きが多く、役員に直接アポイントなどは取れないし、秘書に電話してから秘書にメールし、後日確認メールをもらうなど、会議の前の手続きは結構面倒である。苦労して予約したら「社長の緊急会議があるので変更してください」と秘書からメールもらってうんざりすることもままある。
 だが、同社では、入って早々、どんどんチャットを活用してその場で会議や決定をすることがあるらしい。今まさにいるというのが分かるのだから、今チャットで確認取っちゃえばいいじゃん、意見を直接聞けばいいじゃん、といわれたそうで、その時はさすがに目を丸くしたと語っておられた。

 そんな話を聞くと、ある意味で西海岸のIT企業らしい社風だな、でもウチには無理だな、と片付けてしまいそうになる。
 

 この“カジュアルさ”は、単に組織風土かもしれないが、実は現代の経営では理に適っていると思う。
 経営を“カジュアル”に行うことは、実はそうでない経営と比べて、以下のようなメリットがあると思われる。

1:スピードが速い

 カジュアルさは、格段の「スピード」を生む。
 分からないことを聞くとき、アドバイスをもらうとき、審議を仰ぐとき、決済を得るとき、等企業内には多くの「相談事」が発生する。自分ひとりで決裁権を持っていれば良いが、そのときでさえも誰かに聞いてみたくなることはある。一つの案件の打ち合わせをするのに、部署が違えば、会議のお願いをして1〜2週間後に初めて会議をし、そのまた1〜2週間後に回答をもらうなんてケースもある。意見一つ聞くのに、一ヶ月もかかることもざらにある。
 マウスイヤーと言われるインターネットの業界は勿論、実は日本の企業の弱点はこれが一つの原因ではないかと思われる。単に意思決定のスピードだけでなく、それまでの過程から全てが「カジュアル」であることによって、「しきたり」にこだわる日本企業より格段に経営のスピードが速いのである。


2:より多くの提案や意見を生み、検証できる

 “速さ”は同時に“量”を生む。
 同社は有名な、「20%ルール」があるが、それ以外にも様々なtry&errorを日常的に行っている。カジュアルさがこの意見や提案を気軽にすることを可能にするため、おのずとその量は増える。
 イノベーションに必要なのは、一つのダイヤの原石などではなく、圧倒的無数の種である。数の勝負といっていい。数があればあるほど、その組み合わせや取捨選択、分類が可能になる。さらにそれらのアイディア達を敢えて「捨てない」ことで、将来や過去の「(アイディアの)種」とも融合することができる。また“カジュアルさ”はこの大量のアイディアの検証を行うスピードも補完している。


3:コミュニケーションが活性化し、あらゆる方法に対応できる

 多くの意見や検証により、おのずと社員間のコミュニケーションは増加する。きっとGoogle等の「カジュアルな」企業では、誰とも話をせずに仕事をすることは困難かもしれない。
 経営学者のバーナードは、組織の構成要因として、「共通目的」「貢献意欲」「コミュニケーション」を挙げているが、カジュアルであることによるコミュニケーションの頻度はおそらく一般的な企業とは大きく異なり数倍にもなろう。きっと圧倒的なコミュニケーション量である。
 そして重要なことは、この圧倒的なコミュニケーションの差が、新しいアイディアを生み出す母体となっているということである。


4:社員同士の信頼が深まる

 コミュニケーションの活性化は、アイディアの創出や検証に貢献するばかりではない。それは同じ共同体意識を芽生えさせ、メンバー間における信頼を向上させることに役立つ。
 組織は肥大化するにつれて役割を明確化して組織の生産性を上げようとするものだが、これが他部門間や異質なメンバーとのコミュニケーションを低下させて、結果的に部署間の信頼を妨げる働きがある。よく言われる、『プロジェクトの成功率が30%台』であったり、『サプライチェーンマネジメントに取り組む企業の3/4が失敗する』、というような事例を見ても、共通目的の下、組織間が如何に信頼しあえないかを数値で表しているようにも思う。効率性を高めるために組織を細分化することにより、逆にコミュニケーション効率を下げている現状は、マネジメントにおける皮肉というよりほかはない。

5:顧客満足を生む

 社員同士の信頼と、すばやいコミュニケーションは、当然顧客満足を生む。Googleのようなインターネットの企業もきっとそうであろうが、メーカーなどのお客様対応などは、スピードとコミュニケーションと信頼が生命線であり、それらさえ手に入れたら、もはや顧客対応は万全かもしれない。
 

 こうしてみると、「カジュアルであること」は、何も西海岸出身のインターネット企業に限定しなくとも、経営には格段の効果が見込まれる。
 どうやら「カジュアルさ」はスピードが重視される現代企業のもっとも必要な経営の要件ということができそうだ。

 大手企業になればなるほど、「社長、元気ですか?ちょっと相談があるんですがランチできますか?」と聞けてしまうような風土がないといけない。ほとんどの社員が「実物の社長を見たことがない」ような大手企業では、もはや末期的なのかもしれない。

 21世紀の経営の要件の一つが、「カジュアルさ」であろう。