経営戦略について

 前回、(経営)戦略における、競争戦略と成長戦略のことについて書いてみた。この二つの分類は何人かの経営学者などが分別しており目新しい意見ではないが、考察を与えてくれるものであると思う。
 競争戦略は、言ってみれば、環境分析によりその方向性が決まってくるものに近い。この場合の主語は“THEY”になる。
 他方、成長戦略は、いうなれば、その企業の実存や思いが強く反映されるものになる。この場合の主語は“WE”になる。
 
 今回は、少し視野をオーソドックスに構えて、戦略について考えてみたいと思う。
 
 まず、経営戦略の立案のプロセスについて、大よそ一般に言われているフローを示す。
 

 
 1:経営理念と経営方針
 
 一言で言えば、「何故、当該企業が存在するのか?」である。
 経営理念とは、企業としてどのようにあるべきか、何を提供し社会に貢献しようとするのか?である。起業する人から見れば「そんなのあって当たり前ジャン?」と思われそうなのだが、先代より引き継いだ、サラリーマン経営、等においては明確でない場合が多い。また、起業して数十年以上になる中堅以上の企業においてもこうした理念を策定してなかったり忘れていたりすることがある。
 また、経営方針も一度策定すればよいというのではなく、企業の年数や規模、また提供できる製品やサービス等のダイナミックな変化があるのが常であり、それに合わせて経営方針も変化するのが通例である。
 (ちなみに私が勤めている会社も、年単位で経営TOPより発信されます。)
 
 2:環境分析SWOT、財務分析、市場調査等)
 
 当該企業が経営理念に基づく方針を実行するために、様々な角度より分析する必要が出てくる。一般的にはSWOT分析が中小企業では主流になるが、SWOTにせよ、製品−市場マトリクス、Fiveforce、Product portfolio、もしくは財務分析にせよ、あらゆる分析には、必ず長所と短所がある。厄介なのは分析手法の選択如何によってはとるべき戦略が変わってくる可能性があるということである。
 闇雲な分析に陥ることなく、「自分たちは何なのか?」「自分たちはどうありたいのか?」の方針を自問し、その上で分析に入ることが望ましい。
 過度の分析に陥ることを、“分析麻痺症候群”といい、これは次のような現象を指す。
 経営企画スタッフだけで精緻な分析を行っても、現場と遊離したものである場合、企画スタッフと現場の事業部門との間に相互不信が生まれてしまい、計画が実行に移されない。あるいは、精緻な分析により、定量化しやすい(つまり評価がしやすい)ことが好まれ、リスクの高い実験的な試み(新規事業開発、等)を回避してしまう等。
 
 3:経営ドメインの設定
 
 経営ドメイン(→ちなみにこの言い方は日本だけであるらしい)の設定は、ある意味で上記1の経営方針の設定時に既に成されているようにも思われるが、主観だけで事業領域を設定することはリスクの面からは望ましいとはいえない。
 例えば、「これがしたい!」と強烈に思う事業があっても、それが既に使い古されたビジネスモデルである場合に、思いそのまま事業化することが望ましいともいえない。
 そこに価値を感じる人(顧客)がどのくらいいるのか?、同じように思う人(競合)が世の中にどのくらいいるのか?、等が分からなければ、事業化した後が困難になる。
 つまり、主観を客観で味付けし、自分ならではの事業範囲(領域)を設定することが、とても重要である。
 今時の大手企業でも、この事業領域については常に再設定して自社を見つめたり、他社との差別化を図ったりしている。
 
 4:経営戦略の立案
 
 こうしたプロセスを経て、始めて“戦略”に入る。
 私の考える経営戦略とは、「全社戦略」「事業戦略」「機能戦略」の3つの集合であると考えている。
 
 「全社戦略」とは、一番イメージしにくいが、例えば「ホールディングカンパニーを作り部門は事業会社化する」「単一事業を行っている会社の企業買収」等がある。昔の電機メーカーが行っていた、各部門より中堅などを集めた全社組織改革プロジェクトなどもこうした部類に入る。
 
 「事業戦略」とは、個別事業の戦略となる。単一事業の企業であれば、事業戦略=全社戦略となる。事業戦略のキーとなるのは『顧客への価値の提供』が第一義となる。企業は提供する製品やサービスの価値を通じて社会に貢献することがいつの世も第一義であり、社会に貢献できない製品やサービスはどんなに優れていてもやがては衰退する。自動車産業ドメインを拡大し新しい価値を提供する戦略ナシには、未来はないことがリーマンショック以来、明確になってきた。
 
 「機能戦略」とは、企業の中の“機能”を指し、多くは改革や大規模な改善になる。大幅な事業戦略の変更により機能戦略を余儀なくされることもあるし、全社戦略に伴った社内の機構改革もある。またそれらに直接的には関係ない形で企画検討される場合もある。代表的なものの一つにIT戦略などがある。よく「経営戦略に準拠したIT戦略を!」という場合があるが、IT戦略自体も一つの経営戦略だと自分は思っている。そういう意味では、「経営方針に合致したIT戦略を!」というほうが実は正しいかもしれない。
 
 
 以上を俯瞰してみていると、これまであいまいであった「(経営)戦略」がはっきり見えてくる。
 
 成長戦略と競争戦略という風に分けることは実は非常にリスキーである。
 
 「競争戦略」のみ志向する、ということは理念や方針もなく、いきなり分析し儲かりそうなものを探すという作業になる。以外にこうした企業が多いように思うが、儲かりそうな事業があればすばやく飛びつき、斜陽になれば撤退する、という様は「イナゴの大群」にも近い。コスト面で社会に貢献することはあるのかもしれないが、新しいモノやコトを生み出すには何の貢献もしていない。“イノベーション”をコーポレートアイデンティティに標榜する企業も、蓋を開けるとこうした企業であるケースも多い。
 
 「成長戦略」のみに傾倒する、ということもある種危険である。確かに事業を行う行為自体は「主観」であるべきで事業領域もそうしたところから決定されていくが、変動する世の中において分析なきまま船をこぎ始めるのは自殺行為に近い。
 一度事業を始め、顧客がついてきた場合には、顧客への「責任」が発生する。情報システムでは保守やサポートがそれであろうし、電機や機械なら修理などのサービス、或いは飲食業や美容院などのサービス業でさえ「あそこの○○、通ってたのになぁ...」と残念に思われる。事業家は「顧客」に対して責任があり、それを全うし続けるためには客観的見地での分析が必要なのである。
 
 経営戦略とは、「主観と客観の融合」、又は「主観を客観で味付けすること」、に近いと思っている。
 “いつでも失敗して良い事業”というものがあるのかどうか分からないが、そんなことでもない限り、どちらか一方に傾倒するのは間違っていると思われる。
  
 「主観と客観」
 ある意味では相反するこの二つのバランスをとっていくことが、経営の舵取りということが出来るのかもしれない。